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東京高等裁判所 昭和44年(ラ)475号 決定

抗告人 早野直也

訴訟代理人 高橋隆雄 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人高橋隆雄、野田満雄の抗告理由は別紙記載のとおりである。

一件記録によれば、次の事実を認めることができる。

債権者東京信用保証協会、債務者兼物件所有者富士プレス工業株式会社間の東京地方裁判所昭和四二年(ケ)第六六七号建物任意競売事件について、同裁判所は昭和四二年六月一九日別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)につき本件競売手続開始決定をなした。これに基づき昭和四三年二月二三日に実施された競売において、抗告人は、競買申出価格金四一六万円をもつて最高価競買申出人となり、同日現金四一万六千円の保証を立て、次いで同年二月二七日本件建物の競落許可決定を受けたところ、同決定は同年六月一八日(同決定に対する債務者富士プレス工業株式会社のなした即時抗告棄却決定の確定日)に確定した。そこで、競売裁判所は昭和四三年七月一〇日競落人である抗告人に対し同月二四日を代金支払期日と定めて競落代金の支払を命じたのであるが、抗告人が右期日までに代金を支払わなかつたので、同裁判所は同年八月一七日本件建物の再競売を命じた。再競売命令後の最初の競売期日は同年九月二七日と定められたが、抗告人は右再競売期日の三日前までにも競落代金の支払をなさなかつた。右再競売期日に実施された競売には競買申出人がなく、次いで指定された同年一一月一五日、昭和四四年一月一七日の各新競売期日にも同様競買申出人がなく、各競売は中止された。他方、本件外司物産株式会社は、東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第三四〇三号建物収去土地明渡請求事件の執行力ある判決正本に基づいて、昭和四三年九月一六日本件建物のうち東京都大田区調布千鳥町七番地四地上に存する部分の収去命令(債権者司物産株式会社、債務者富士プレス工業株式会社間の東京地方裁判所昭和四三年(モ)第一七、七二二号事件)を得たうえ、同年一二月二〇日ごろ第三者に委任して本件建物全部を収去した結果、本件建物は滅失した。そこで、競売裁判所は、昭和四四年二月二一日に指定していた競売期日を職権により変更し、同年六月一一日本件建物が前記競落許可決定の確定後に収去され現存しないので再競売の続行不可能との理由で再競売手続を取消す旨の決定をした。

以上の事実によれば、抗告人は、前記競落許可決定の確定により競売裁判所の定めた代金支払期日までに代金(競買代金と競買保証金との差額)を支払い、本件建物の所有権を取得する地位を有していたのに、右代金を支払わなかつたため、再競売命令を受け、その後定められた再競売期日の三日前までに法定の金員を支払うことなく再競売が実施されたのであるから、競落許可決定により発生した代金支払義務は免れたのであるが、同時に、先の競売において最高価競買人として既に納付した競買保証金については、右代金不払に対する制裁としてその返還を求めることができなくなつたものといわねばならない(競売法三二条、民訴法六八八条。再競売が実施された以上、再競売期日に競買申出人がなく、再競落に至らなかつたことは、右のように解することの妨げとなるものではない。)。そして、その後再競売が続行された間において本件建物は本件外司物産株式会社によつて収支されて滅失したのであるから、右滅失の後においては、最早再競売を行う余地はなくなつたのであるが、この場合、競売裁判所は競落人(抗告人)の納付した競買保証金から競売の費用を控除し、残額があれば代金交付期日を指定し、抵当権者等に交付すべきものと解するを相当とする。けだし、競買保証金は、一面において、競落代金の支払義務を履行しない競落人に対する執行法上の制裁たる性質を有するから、一旦右の制裁事由が発生し競買保証金の返還請求ができなくなつた以上、その後に競売の目的物件が滅失したからといつて、競売裁判所が競落人に競買保証金を返還するいわれはないのみならず、他面、競買保証金は競買代金に算入されるものであることに徴し、これを競売代金交付手続に則つて処理するのが妥当であるからである。

抗告人が本件において取消を求める本件競売手続開始決定は、叙上のような抗告人の競落に至るまでの一連の手続及び再競売手続の前提をなしており、かつ、今後抗告人の納付した競買保証金を引当に行なわれるべき代金交付手続の基礎たるものであつて、再競売手続の続行過程において既に本件建物が滅失したことによつて取消されるべきものではない。以上と異なる抗告人の所論は、当裁判所の採用しないところである。

その他、記録を精査しても、本件競売開始決定を取消すべき事由を見出すことはできない。

してみれば、抗告人の本件異議申立を棄却した原決定は相当であるから、本件抗告は理由がない。よつて、本件抗告を棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡部行男 裁判官 川上泉 裁判官 大石忠生)

抗告の理由

一、原決定の要旨

原決定は、「競売の目的物である建物が滅失して存在しなくなつた場合には、その滅失が競落許可決定前であるときには、不存在の建物を売却することは不可能であるから、競売手続を進行することは許されないが、競落許可決定が確定し、売買の効力が生じたのちに競落不動産が滅失したときは、その競落人の納付した競落代金又は保証金などを対象として代金交付を行なうことにより競売手続を進行することが許されるものと解される」と述べ、申立人の異議申立を棄却した。

二、しかし、本件の場合は、競落許可決定により一たん成立した売買が、再競売命令により解除されてしまつた後に、強制執行により目的物が収去され、滅失したものである。

再競売命令により、前の競落による売買契約が解除され、競落許可が無かつたのと同一の法律状態に復帰し、従つて、目的物の所有権は債務者に復帰し、競落人は本来の代金支払義務を免れ、また危険負担も債務者へ復帰する。(兼子・執行法二五七頁、実務録三巻三一六二頁、升本・兼子強制執行法(中)II六六五頁。)

このように、再競売命令により、売買が解除され、競落許可が無かつたのと同一の法律状態になつてから、目的物が滅失した場合は、競落許可決定前に滅失した場合と同様、もはや競売の目的を達することは不可能である。

尚、この場合、前の競落人の預けた保証金だけでも配当せよという見解があるかも知れないが、民訴六九一条、六九三条、六九四条等で明らかなとおり、配当するのはあくまで「売却代金」なのであつて、これは競売手続の本質的要素である売却(売買)が有効に行なわれ、その効果が現存していることを、当然の前提にしている。

本件のように、いつたん成立した売買が再競売命令により解除され、売買の効果が遡及的に消滅した場合においては、売買を当然の前提にした「売却代金」の配当などは不可能なことである。

民訴六八八条五項の「保証金の返還請求はできない」という規定は、「売買の効果」としての規定ではなく、競売手続が有効に行なわれ得ることを前提にした競落人に対する制裁規定である。

従つて、民訴六八八条五項の規定をもつて、「売買の効果は、再競売命令後も依然として現存しており、従つてこの保証金だけの配当も許される」とする見解は成立し得ない。 三、危険負担の問題

(1)  競落許可決定後、再競売命令前に、売買当事者の責に帰することのできない事由によつて、目的物が滅失した場合は民法五三四条によつて、その危険は買主である競落人が負担する。しかし、再競売命令後は、前述のとおり、その危険は所有者である売主が負担する。

従つて、本件の場合は、仮りに危険負担の問題があるとしても、それは所有者である売主側が負担すべきものである。

(2)  だが、本件は、所有者(売主)である競売債務者(富士プレス工業株式会社)の公判廷欠席の為、いわゆる欠席判決により、建物収去の判決がなされたのであつて、売主は本件競売の目的物である建物の滅失に対して、重大な責任を有するものである。

尚、売主である富士プレス工業は抗告人の競落許可決定に対しては、即時抗告を提出しているのである。

このように、抗告人の競落許可決定に対しては即時抗告を申立てながら、建物収去の裁判においては欠席して、売主が、買主である抗告人の本件建物取得を妨害した本件においては、民法五三四条の危険負担の問題が生じる余地のないことは当然である。

四、以上のとおり、再競売命令によつて、競落許可が無かつたのと同一の法律状態になつた後に、目的物が滅失した本件においては、もはや競売手続を維持・続行することは許されなく、競売手続の善良なる管理者であるべき裁判所は、速やかに本件競売手続を取消すべきものである。

しかるに、原決定は、目的物が再競売命令後に滅失した事実に目を塞ぎ、ただ「競落許可後の滅失」の一事をもつて、抗告人の異議申立を棄却した。

よつて、原決定は違法・不当であるので、原決定の取消、本件競売手続の取消を求めて本抗告に及んだ。

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